【第1話】「紋」が伝える文化 「紋」に込められた思い

ひと 紋章上繪師:波戸場承龍さん、波戸場耀次さん
2017-01-30

家に代々受け継がれる「家紋」。
みなさんは自分の家の家紋がどんな形をしているか、ご存知だろうか?

日本固有の紋章であり、長い歴史の中で形作られてきたものだが、あまり馴染みのない存在に感じている人も多いであろう。その「家紋」を、紋付などの着物に一筆一筆手描きで描き入れる職人がいる。

紋章上繪師(もんしょううわえし)
現在その人口は東京に10人ほど、日本全国でも数十人しかいない。

そんな中、家紋文化を伝承すべく活躍されている紋章上絵師の波戸場承龍さんと、息子で同じく紋章上絵師の波戸場耀次さんにお話を伺った。


波戸場さんは紋章上繪師の伝統技術を継承しつつ、その作図方法を用いながら企業や商品のロゴやプロダクトのデザインなどを手がけ、現代のあらゆるモノと「紋」を融合させることで、新たな価値を生み出している。
代表的な作品としては、2014年に日本橋にオープンした「COREDO室町1・2・3」の暖簾デザイン。商品ではクリネックスとコラボレーションした「至高のティシュー」シリーズの「極(きわみ)」のロゴとパッケージデザインの監修や、うすはりグラスの底面にサンドブラストで家紋を配した「うすふき家紋グラス」など、身近な商品に「紋」を取り入れたものも多い。また、着物の分野でもユナイテッドアローズとコラボレーションした「男着物」では、クラシカルでありながら、クリスタルで家紋を入れるなど新しい着物の魅力を提案している。
紋章上繪師(もんしょううわえし)とは?

着物に墨で家紋を描き入れることを「紋章上繪」、その職人を「紋章上繪師」という。
冠婚葬祭の礼装や七五三の祝着、お宮参りの初着などに描かれ、五分五厘(約21mm)から一寸(約38mm)の円の中に描くその精細さは、まさに職人技と言える。

「分廻し(ぶんまわし)」という竹製のコンパスを使って描くのだが、紋章上繪師の人口が減り、現在はその分廻しを作る職人がいないのだという。


01|家紋と共にあった波戸場家の歴史


伝統は初代の祖父から二代目の父、そして三代目承龍さんへ。

初代の承龍さんの祖父が栃木から京橋に上京したのは明治43年。紋糊屋(もんのりや)という家紋を入れる部分に地染めの工程で色が入らないように防染糊を置く仕事が波戸場家の家紋の歴史のはじまりだという。
二代目である承龍さんの父は、紋糊屋と共に紋章上繪師をはじめたが、着物意外に家紋を描くことのない紋章上繪師たちの中で、色紙に描いた家紋を飾る「家紋額」を先駆け的に手がけたりもしていたそう。承龍さんは小学校の頃から父の仕事を手伝い、幼い頃から跡継ぎとして上繪師になる道は決まっていたという。
三代目となった承龍さんは5年間紋章上繪師としての修行をした後23歳で独立をするが、シルクスクリーンで着物に家紋を「印刷」する技術の普及により、手描きで家紋を描き入れる紋章上繪師の仕事の需要は激減したという。

紋章上繪師としての仕事も受けつつ、昭和60年には着物の総合加工会社を立ち上げたが、50歳になる頃、承龍さんの中にある強い想いが芽生えた。

「作品」としての家紋を世に残していきたい。

洋服文化の浸透で着物を着る人間が減ったと同時に、人々にとって遠い存在になってしまった家紋。しかし元々は日々の生活の中に息づいていたはずの家紋。
自分自身でさえ「いずれはなくなる仕事」と、耀次さんに跡を継がせようとはしなかった。
しかし、この仕事を、そして家紋を、新しい形で継承していけたら・・・

承龍さんの中での、一大決心だった。


 
承龍さんから息子耀次さんへ。

家業を継がせようとは思っていなかった承龍さんだったが、一大決心の元、耀次さんが19歳の時「仕事を手伝ってくれないか。」と持ちかけたのが耀次さんの家紋への挑戦のはじまりだったという。
そしてある時、「ロゴデザインをデータで納品して欲しい。」という依頼があったことをきっかけに、耀次さんがmacとIllustratorを導入し、初めてデジタルで家紋デザインを制作した。

「これは仕事で使える」

耀次さんは確信し、父・承龍さんにも使い方を教えたのだった。

長年手描きで家紋を描いていたのだから、承龍さんがIllustratorを習得するにはかなりの時間がかかりそうなものだが、意外にも苦労はなかったと当時を振り返る。

家紋というのは、どこかに中心点がある円の一部である「円弧」で描かれている。
描かれた線の先には、実際には描かれてはいない無数の円の重なりがあり、熟練した紋章上繪師にはそれが見えている。つまりIllustratorの「正円ツール」を使って家紋を描くことは、分廻しで的確な位置に中心を定め、必要な線だけを描く感覚が染み付いた承龍さんにとっては容易いことだったのだ。
まさにこの瞬間「現代の紋」の扉が開かれたのであった。
そこからは「作品」づくりにも力を入れ、その発表の場として、2007年にウィーンで、そして日本でも2009年に栃木の馬頭広重美術館 視聴覚研究室ギャラリーで個展を行った。そこで発表された作品は、家紋と小紋をコラボさせた「KAMON×KOMON」である。

そして2010年、新たな拠点として東上野の一軒家を自ら改装し工房を構えた。
波戸場さん親子らしいこだわりやセンスが垣間見える、古きよき日本の良さと新しさが融合した絶妙な空間だ。仕事場であり、作品展示の場でもあるこの工房ができると、各方面からの仕事の依頼がさらに増え、現在では海外からお客様が訪ねてくることもあるという。

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企画|小泉優奈
取材|明田川蘭
撮影|榊智朗



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【波戸場 承龍さん】
紋章上繪師三代目。 株式会社 京源代表。家紋を専門に墨と筆で描く職人として技術を継承し、その技術を駆使した家紋作品を数多く制作。2010年に工房「誂処 京源」を構え「デザインとしての家紋」をコンセプトにIllustratorで家紋を描く事業を開始。COREDO室町1,2,3の入口に掛けられた暖簾の紋意匠やART AQUARIUMの金魚の家紋など、商業施設や企業の紋意匠、個人の為の家紋を新たにデザインする他、様々なジャンルの企業と組み、家紋とプロダクトの新しい形を提案している。又、着物のデザイナーとしての一面を持ち、2014年からUNITED ARROWSより男着物のフォーマルウェア「京源の男着物」をプロデュース。日本文化の中で長い年月をかけて育まれてきた家紋文化を次世代に繋げる担い手として、様々なイベントや講演に参加するなど活動は多岐に渡る。


【波戸場 耀次さん】
紋章上繪師四代目。家紋を専門に墨と筆で描く職人としての修行の傍ら、2010年よりIllustratorで家紋を作図する事業を開始。-SHORYU HATOBA WEBSITE- をデザインから制作まで手掛け、現代のライフスタイルに沿った家紋とプロダクトの新しい形を国内外に発信している。また、江戸時代から伝わる紙切り遊び「紋切形」を用いたワークショップなどを各地で開催し、「家紋」というフィルターを通して日本のデザイン力の豊かさや家族の絆の大切さを伝えている。

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