【ふくしまイノベびと】相馬一の大漁船を目指す若きイノベびと

ひと しごと もの こと ~漁師 土屋 鎌(16歳)~
2019-02-27

暗闇に包まれる深夜2時半の相馬・磯部漁港。

私たちは、ひとりの若きイノベびとを待っていた。待ち合わせの時間より少し早く着いたのだが、指定された場所があっているのか一抹の不安があった。

10分後、颯爽と現れたのが今回の若きイノベびと土屋 鎌(16歳)さん。灯の灯った「幸稔丸」に乗り込み漁の準備を行う。祖父・稔さんの指示のもと、あっという間に暗闇の海へ滑り出すように出港していった。

港についてから出港まで約10分弱。まだ土屋さんとお話できていない。

福島の漁業は、原発事故の影響により操業自粛を余儀なくされている。震災からまもなく8年が経過しようとしているが、現在も試験操業により出港できる回数は限られている。

土屋さんは、なぜ中学校を卒業後に漁師の道を選択したのだろうか。

8時を過ぎると漁を終えた船が続々と戻ってきた。

朝日が眩しい。

港に着くと、軽快な動きで甲板を動き回り水揚げの作業に入る。双子の兄・優さんと共に白い息を吐きながら水揚げした魚を船から運び出す。ひたむきに作業を行う土屋さんの姿は格好よい。

漁師の家に生まれ、幼い時から漁師にあこがれていたという土屋さん。漁に出るということが当たり前の生活の中で暮らしていた。漁師だった父を津波で失ってからも海に対する想いは変わらず、中学校を卒業と共に兄・優さんと一切の迷いなく漁師の道を選んだ。

後日、福島県立相馬高等学校の門馬さんと山本さんがインタビューを行うために改めて磯部漁港へ向かった。磯部漁港に隣接する直売所で待ち合わせをした土屋さんは、漁に出ていたときの姿とは異なり、物静かに質問に答えていた。

漁師になって2年目だが、現場で働いている中で感じたことがあるという。

「先輩漁師の皆さんは、何をしても先回りして準備をしたり、気の利かせ方がうまい人が多いです。」

物静かな受け答えをしているなかで、先輩漁師たち凄さを語るときは熱っぽく、そして、憧れの存在であることも感じることができた。

「相馬一の大漁師になる」

インタビューを通じて将来の夢を伺ったときに感じることのできた土屋さんの熱い想い。祖父・稔さんのもとで日々修業中の身だが、自分が一番になる意識を常に持っているのが相馬の漁師の気質であり、その気質は土屋さんにも受け継がれている。

試験操業により出港が制限され、若手が経験を積めないことを憂う声も聞かれるが、近い将来に一人前の漁師となって相馬の海で活躍する土屋さんの姿をイメージすることができた。
相馬の漁師の気質を受け継ぎ、これからの相馬の漁業を支えていく土屋さんには期待せずにはいられない。私は、10年後にもう一度土屋さんを取材してみたいと思った。どのような漁師に成長しているのだろう。そのときは、土屋さんの獲った魚をつまみに、酒を酌み交わしたい。

●福島県の漁業
原発事故の影響により操業自粛を余儀なくされている福島県の漁業。現在は、県によって5万3千件を超えるモニタリングの結果から安全が確認されている魚種を対象に、小規模な操業と販売により出荷先での評価を調査する「試験操業」が週2回程度実施されている。「幸稔丸」が出港する磯部漁港には加工施設と直売所が隣接されており、検査を経た新鮮な魚を直売所で買い求めることも可能。
(文:株式会社フラクタル 菅野秀和)

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